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2011年7月27日 (水)

戦さのしまつ、いまだとどまることなし・・・の感

Sh010047 宮古島にきて、始めて体験したこと。

突然の地響き・・・。

これ、戦後処理の爆弾を海底で爆発させる音。

ビックリするほどの地響きです。ほんと、はんぱじゃない地響きです!!

例えば・・・10時きっかり、とか11時きっかりに、ど・ど~んと地鳴りがしたときは、決ってこの爆弾処理がなされたときです。

しかも、すぐそこの海、港でです。もちろん立ち入り禁止の立て看はでますけど・・・。家にいる人は突然の地響きですからね~、びっくりします。

これって、戦争直後、軍命令で弾薬や爆弾を市民に処理させたらしいですよ~。しかも、海に捨てろってことで・・・。

Sh010045 怖いですね~。もっと怖いのは、それが海の中にまだ沢山残されていること。

それよりもっと怖いのは、その処理をするアルバイトは民間人であることも・・・。実際にアルバイトした人を知っています。

彼に言わせると、内地の人を雇うと爆弾が砂浜にあることに気付かないで、手加減しないでシャベルカーを操作するから怖いってことだそうですよ。

沖縄戦のことしかり、外地での遺骨収集など、いまだ戦争の後しまつは終わっていません。

内地ではこうしたこと、あまり報道されませんが、ココにいると毎日のように報道されます。こうした温度差って、いつになっても解消しないのでしょうね。

Dsc_0310 この前、前原氏が下地島を訪れたとか。例の日米合同緊急時なんちゃらという基地(何の緊急時なんやら・・・)に下地空港(タッチアンドゴーの訓練をするための滑走路があります)を使うことになったとのこと。

大震災の影に隠れて、政府は着々と計画を遂行しつつあります。ご注意ご注意。宮古では反対集会も持たれました。

せっかく老後をココで過ごそうとやってきたのに、まるで戦争の最前線になるような場所に来てしまった気がしないではありません。

いっそのこと、眼力で蹴散らかそうか・・・。倭寇を追いやったみたいにね!

そうそう、今日は厚労省に問い合わせをしました。

Dsc_0282 戦死した叔父のことを調べるためです。海軍に所属していたため、軍歴とか諸々は厚労省が一番持っているとか。

戦後、帰らぬ人となって帰還した叔父の遺骨箱には、紙切れ1枚の戦死公報が入っていただけだったと祖母から聞いています。

叔父は22歳という若さで戦死しました。人生の喜びも楽しみも知らないで・・・。

若い命が京浜南部の海に散った、ということしかわかっていません。

さて、問いわせた電話に出てきた担当の方(おじィ)・・・。

しんねりと・・・いんぎんに・・・「個人情報の開示ですので、書類のご提出を・・・」とノタマウ。

ったくぅ~、ホント、いやな感じだった。故人の個人情報って・・・、変なの・・・。

国家公務員て、皆んなあんなだとは想わないけれど、何なの?あの上から目線(電話だから分からないけど、声の感じで・・・)。

Dsc_0179 きっと再雇用の人だったに違いない。(そういうの、あるかどうかしらないけど、早期退職後のおじィの感じだな!と決め付けたくなるような、感じの悪さと、インギンさだったよ~)

国家って、ホントわたし達市民には遠い遠いところにあるのね。

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