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2011年8月25日 (木)

戦後処理いまだ終わらず・・・やっとこれから・・・

Photo 今年は戦後66年。

ここにいると、まだまだ戦後処理は終わっていない・・・と感じることが多いです。

例えば、爆弾の爆破処理。

こんな身近な所に戦後捨てられた爆弾がまだまだ沢山あるとか。

しかも、海の中に・・・。

で、わが実家の・・戦後処理として・・・

22歳で戦死した叔父の慰霊があります。

22歳と言う若さで戦死した叔父。あと4ヶ月もすれば終戦を迎えたはずなのに・・・。時の不運としかいいようがありません。

もちろん、戦後仏式でご供養されているけれど、空中戦で亡くなっている事から当然遺骨はなく、遺族としてはそのことがず~と気になっていました。

若くして亡くなっています。やりたいことも沢山あったでしょうに・・・。女の子とも遊びたかったでしょうに・・・。お酒だって・・・。

そう考えると何ともやるせなくなります。こうした戦死者たちのお陰で今わたしたちは暮らしているわけですよね。こういうことを忘れてはいけません!

沖縄には「魂拾い」とか「ヌギファー」とか、その手のことがあって、実際に皆さんが本気でやっています。

そこで、戦後66年の今年、ついにわたし、実行することにしました。

それに先立ち、叔父のことを調べ始めたのですが・・・意外や意外、厚労省が資料を保管していました!

Iori_428 とくに、叔父は海軍でしたので、県がというより、厚労省の方が資料の保管量が多いということで問い合わせました。

期待はしていなかったのですが、なんと!実に具体的な状況が報告されました。

予科練時代の成績まで記録に残ってます。こんなこと知らなくってもいいんだけど・・・。

叔父は男の子3兄弟と女の子一人の次男坊。

男の子の中で一番絵が上手だったと父から聞いてましたので、成績の順番の理由がちょっと分かった気がしました。

勉強より絵を描きたかったんでしょうね~。どのように昇級していったか、そのたびに成績が記録されています。

叔父はどうやら飛行機乗りというより、通信員として戦闘機に乗っていたらしい。そして最期の飛行は「銀河」。厚木基地から飛び立ち、江ノ島上空で敵機と遭遇。空中戦の際に被弾し長後という場所に墜落し戦死したとのこと。

まさか、こんなに詳細な記録が残っているとは夢にも思っていませんでした。

もし、戦死された方の情報が欲しい方は、是非厚労省に問い合わせるとよろしいかと。でも、これは特に海軍関係です。

わたし、お彼岸に向けて、魂を拾いに厚木~藤沢まで行ってきます。

こういうやり方、沖縄にしかないですよね。

内地では戦死していることを理性で捉えて、ご供養もそれなりですが、こちらにいると、つながりとか魂とかとっても考えることが多いです。

先祖こそが助けてくれるという考え方、すこし身近に感じています。

叔父さん、いっしょに家に帰りましょうね~。とうとう帰れますよ~!ご苦労様でした・・・。

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