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2011年9月 7日 (水)

思わせぶりでしたが・・・実は・・・

昨日は思わせぶりなブログの終了でした。

Iori_482 仕事関係のネタを仕入れに東京へ行って来たのではあるのですけれど・・・、

実は・・・

戦争で亡くなった叔父の鎮魂慰霊のために・・・

厚木飛行場~厚木空神社~横浜の弟宅(実家のお仏壇が持ってきてある)~実家の菩提寺~先祖のいた土地の久下神社~高城神社までの長い長い旅をしてきました。

Iori_494←(現在の厚木飛行場。沢山の自衛隊の戦闘機が駐機してありました。)

戦後66年の今年、戦争で亡くなった叔父は、日本海軍飛行兵として22歳の若さで亡くなっています。

今までずっと気になっていた叔父の鎮魂慰霊。

もちろん、白木の位牌とともに帰還した時には祖父は菩提寺でご供養していたとは思うのですが・・・、ともかく夢に見たり色々な体験から今回の慰霊の旅と相成ったわけです。

こうしたことを通して、叔父が「銀河」という陸上爆撃機にのっていたこと、しかも、それは夜間専用の爆撃機だったこと、予科練で訓練していたこと、岩国まで行っていたこと、そして・・・終戦の4ヶ月前に、今の藤沢市上空で敵機に撃墜されて墜落したことなどなど、色々なことを知りました。

Iori_428 一つにはそうした戦争の状況をつぶさに記録されていた「軍歴」というものがあった為に知ることが出来たのですが、それにしてもいつどこでどういう襲撃をしていたかということが、細かく記録されていたのには驚きました。

また、叔父は海軍飛行隊第302部隊という部隊に所属していて、ちょっとばかり人に知られた部隊であったようで、小説にもなっていることが分かりました。

『ああ、厚木航空隊』です。コレを読めば、302部隊のことがかなり詳しく分かりますよ・・・と、深見神社の宮司さんが教えて下さいました。

厚木基地内に鎮魂の為のお宮「厚木空神社」が設けられましたが、マッカーサーが来ると取り壊されると警戒し、俄に近くの深見神社に移築したそうです。とってもきれいなお宮でしたね。

お宮の中には戦死した隊員の名前が納められており、一年に一度はその前で鎮魂祭が執り行われていることも分かりました。

わたし達遺族の知らないところで、手厚く、そうした鎮魂慰霊がされていたのを知り、まだまだ戦争の傷跡は残っているのだなァ~と感じざるを得ませんでした。

実家の菩提寺に叔父の魂をつけた「白い珊瑚(人の顔の形をしている)」を納骨するという感じでお納めできたことは、わたしにとってとっても晴れがましく、ホントにそうしてよかったなァ~と思っているところです。

そのような方法は沖縄では、「にぎふぁー」と言い、魂を石や線香につけてしかるべき鎮まるところに連れて行きます。

今回もそうした作法を執り行ったわけですが、目に見えない世界のこと、あとは何物かにお任せすることにして、やるべきことはやってまいりました。

だからなのか、気持ちはさっぱりしており、落ち着いた心持ちです。

沖縄に移動してから確実に変化したこと。

それは、先祖のことをよく考えるようになったことです。

考えてみれば、いのちとは「つながり」のことですものね・・・。

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