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2012年5月28日 (月)

空のしるし

  昨日は夕方から、与那覇前浜で開催された「美ぎ島ミュージックコンベンション」ラストステージに行った。

この島に来て初めて行って見たのだが、若い人たちの熱気に圧倒される。

若者はこうでなきゃぁ~と想いつつも・・・、ふと吾が身を振り返る。

わたしの若い時代(学生時代)は、フォークソングの草分け時代。

PPMやトムパクストン、ドノヴァンやジョーンバエズなど、アメリカから入ってきた歌をコピーするのがせいぜいだった。そしてその後に日本のフォークソング時代がやってくる。

もちろん、そうした中には所謂フォークロアに裏打ちされた歌もあったが、ベトナム戦争という時代背景もあり、プロテストソングなども多かった。

そして、わたしは新宿西口広場でのフォーク集会などにも出かけた世代であり、銀座でフランスデモを繰り広げた世代だ。

その意味で、学生がまともに学生らしい時代だった。

あっ、因みにわたしの好きなのは「フォーク界の鬼才」と言われた高田 渡さんです。彼は本物の「吟遊詩人」でしたし、「ことば」をとっても大切にされていましたよ。最晩年に彼が好んで歌っていたのは「わたしの青空」でしたね~。

そうした風景とは全くことなる島のミュージックコンベンション。Sn3j0476_2

平和であることがこの風景をうみ出しているのだろう。

ありがたいことに、日本は諸々の困難な事情を抱えつつも、少なくとも太平であることは間違いない。Sn3j0469_2

それでも、古謝美佐子さんは戦後の遺骨収集が終わっていない沖縄の現実を、そしてそれにからめて東北の同様な現実を、コメントとしてしっかりと添えていた。さすがです!

彼女の「童神」が流れる前浜の空には・・・

天がその「いのり」を受け取ったかのように、ホンの僅かではあったけれど・・・「虹の架け橋」が・・・。

Sn3j0475_2

南米チリには「平和に生きる権利」を歌ったビクトルハラというアーティストがいた(時の政府によって、以後歌を歌うことが出来ないように、ギターを弾く手を切断され殺された)が、コンベンションで音楽をきくなどといった幸せに在ることを分かち合う、それができるのも、平和であることの、そしてまた、ひとが人であることの「力」なのだとも思う・・・。

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