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2012年6月 8日 (金)

Allenは逝っていた・・・

さっきシネマパニックで『誰も知らない基地のこと』を観た。

誰も知らない基地のこと

アメリカが世界中でどんなことをしているか、わたし達が余りにも無知であったことを知ったことも驚きだったが、もっとびっくりしたことがある。

AllenNelsonが逝っていたことだ。

映像はアメリカ合衆国の建国以来の動きと、各時代のそして冷戦後の大統領のコメントと、警告がつづき、そして沖縄やインド洋、そしてイタリアなどの基地についての経過とアメリカの「やり方」が綿々と続く。

そして・・・

少し年をとった感じになっていたAllenの姿が大写しになった。

「あっ、Allenだ!」思わず声を出してしまった。

わたしが知っている彼はこうだ・・・。

Allenはベトナム帰還兵であった。沖縄では金武のキャンプハンセンに勤務し、ベトナム戦争に派遣された。

そのベトナムであったこと、それはAllenにとって衝撃的な体験であった。

ベトナム人は鬼だと軍隊で教育された。だから殺してもいいのだとも。

ベトナムに派遣された彼が、洞窟に逃げ込んだベトナム人達を見つけ銃を向けた際、おりしも一人のベトナム女性が陣痛を訴え始めた・・・。

軍事教育された彼自身は、そのことにどう対応するか逡巡する。

が、そのような逡巡を振り払うかのように赤子はこの世に産み落とされた。そして彼は産み落とされた赤ん坊を、とっさに自分の手で受け止めることとなる。

その赤ん坊は鬼どころか、身体は自分と同じように暖かく、血液は温かかった。

そうした衝撃体験を元に、反戦平和を訴えたのが、以下のブックレットだ。

沖縄に基地はいらない―元海兵隊員が本当の戦争を語る (岩波ブックレット (No.444))

彼は除隊後、精神に異常をきたしそして18年をかけて快復した。

その彼が後にアメリカの学校で戦争の無益さについて、体験を語る講演を依頼される。そしてその時のある少女の質問をきっかけにして彼は平和活動へとシフトしていくわけなのだ。

「ネルソンさん、あなたは人を殺したのですか?」

彼が講演を引き受ける前に、内心恐れていたことが起こってしまった。

彼はしばらくの沈黙の後・・・「yes」と静かに答えた。

だが、彼の恐れは必要がなかったことがすぐに分かる。

その場にいた子ども達は誰からとも言わず、Allenに近寄り、静かに抱きしめたという。

その彼がそれ以降、ベトナム帰還兵として戦争の悲惨さを訴える講演を各地で始めることになるのだ。

*************

・・・エンドロールの直前右側の字幕に、『故アレンネルソンに捧げる』という文字とアレンネルソン(1947~2009)の笑顔の写真を見たわたしは一瞬息が止まる。

えっ?アレン逝ってしまっていたの?どうして?

実は20年ほど前になるだろうか・・・。

RIDEFという世界規模の教育運動に参加していたわたしは、日本で開催された大会で、琉球大学の教員と共に分科会でワークショップを開催したことがある。

テーマは「沖縄」

そこでわたし達は沖縄の歴史と文化を伝えると共に基地の問題を取り上げた。

単に基地反対を叫ぶのではなく、平和を考えようと。そして、既に活動を始めていたベトナム帰還兵であるAllenNelsonに声をかけたのだ。

彼は成田から品川まで、そして池袋まで自力で辿りついていた。(来日が開催日当日だったのでなんとか自力で来て欲しいと伝えていた)

池袋まで出迎えたわたしは、彼を会場まで案内する間、貧弱な英語で色々なことをお喋りした。

ワークショップの休憩では、自販機でコーラを買い「Allen!」と声をかけて暑い日差しの芝生に座り、いままでのセッションを振り共に過ごした。

気さくでウイットに富み、そしてギターが上手だった。彼の頭には日本手ぬぐいで出来ているバンダナが巻かれていた。

そのチャーミングな彼は、ベトナム戦争に使用された枯葉剤の後遺症と思われる多発性骨髄腫を発病し、3月25日永眠していたのだ。享年61歳。

世界の警察といわれるアメリカは全世界で、日本にしたのと同じような「やり方」で(政府間にあった密約なども含め)したたかに今も軍事基地を拡大しつつある。もはやアメリカの軍事予算は過去最高の額に跳ね上がっている。

彼らの論理を正義(これには裏があるのだが)として、世界平和を維持する為に基地はどうしても必要だと説く。基地は暫定的におくものであり、恒久化することはありえないとも。

ただ、歴代の大統領は口々にそうしたことの欺瞞を諌めることばを残している。

それにも増して、沖縄の反戦地主のおじィが語る「ことば」にはものすごく説得力があった。

「料理をするから包丁を貸してといえば貸すが、人を殺すから貸せといわれれば貸すわけにはいかない」

戦後60数年を強制的に奪われた土地をフェンスの外から見続けるそのおじィは、今後自分の土地が返還されたら土地を耕し、5畝ほどに大根を育てたいと語る。育てた大根を近所に配るのを夢にしているという。

このささやかな望みが叶うことはもしかしたら無いのではないか・・・と思われる程、この映画で語られたことは「戦争の論理」の理不尽さを語るものであった。

だってアメリカは、最初から沖縄を世界平和どころか、世界に配置するアメリカの為のキーストーンとして、そこを恒久基地化することを目的にしていた(勿論、世界中にある基地も同様に)占領だったのだから。

それにしても・・・

オバマはいつかくるであろう政治の舞台から去るときに、少なくともひとりの人間として、いったいどのような「ことば」を残すことができるのだろうか・・・。

AllenNelsonのご冥福を心からお祈りします。

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