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2012年8月27日 (月)

発見!!驚愕の扇風機!

宮古は今日台風15号の影響で大風と雨。来なくてもいい14号の動きもあやしく、せっかくの毎日が台風モードで台無し~。

そういえば、この数日前にはすっごい夕焼けだった。台風の前にはこういう夕焼けになるようです。Sn3j0686

ところで、宮古にきて最初の年はすごい台風を体験したんですよ~。自然の猛威ってこんなんだぁ~とびっくりしたけれど・・・。あの台風と比べたら今日のは可愛らしい~。台風対策も少しは見当がつき、すでにベランダのグリーンカーテンを降ろし、植木たちも室内にとりこんである。

経験するとそれなりに賢くなるものですね!っていうか、そうしないと大変ことになる。台風の後に、車を洗いに行くことも知った。今までそんなことなかったけれど、海が近いから塩害防止ということだそうだ。

ところでタイトルに書いたけれど宮古にきてビックリしたのは、この世にはこんな値段の電化製品があるんだってこと。

そもそも、暮らし始めて宮古では扇風機いろんな意味で必須アイテムということが分かったのですが、こちらに来て去年は節電と湿気対策で、乾燥機2台と扇風機を1台買いました。

お気に入りの家財道具はS県の自宅にほとんど置いてきてあるので、こっちの生活はほぼシンプルライフ。つまり、あまり家財道具を持ってきてないのです。(それでも亭主は多すぎるという。わたしが京都で単身生活していたときの家財を持ってきてある)

京都では学生だったのでアイロンをかける必要もなかったから、京都にも持っていっていなかったし、それに宮古で気に入ったアイロンが手に入るとも思えなかったので、こちらでは買うのを渋っていたのです。

でも、どうしてもアイロンが必要になって仕方なく見つけていたら、外観(これ大事)がシンプルで機能も単純。しかも、コードレスという三拍子揃っていて、しかも、なによりお値段が!980円!な~んていうアイロンをbig1で見つけたんです。

え~?!これ動くの?と超疑問でしたが・・・、ともかく1回だけでも使えればいいわいと仕方なく買ったのですが・・・意外にもあれから半年経ちましたけれど、動いてます!!(って、そうは壊れないか~)

それにそれに・・・。この間はマックスバリューでは驚愕の扇風機、980円!を発見。Sn3j0694

ありえない~値段ですよね~。でも、ちゃんと動くんでしょうか?知らないメーカだし、ほんと、これいくらで造っているんでしょうね~?

で、記念(?)に写メしてみました。

それにしても、すごいものがあるなぁ~と驚愕しています。

物の価値って、一体なへんにあるんでしょうかぁ~??

2012年7月13日 (金)

「豊年祭」・・・いろんなスタイルがあるのね~。

季節はめぐり豊年祭の時期になっていることにハタと気づく。Facebook_064

そりゃそうだわさ、なんとなくピンとこないのは、八重山の離島で体験してきている豊年祭とは、まったく趣向の異なるこの島の豊年祭だもの・・・。Facebook_069

さても・・・、西辺のおバァ達といっしょに、今日はクイチャーのご奉納(とは、行ってから気付いた。そういうことだったのねぇ~)。

いつものように今回も西辺のみどり会は一番乗りと相成った。Facebook_068

それぞれ、体育会の時の上下真っ白の衣裳の上に、干支のグループでつくっている、二部式着物の上着をつけている。

わたしは急遽、○嘉のおバァから借りた上着で参加。

クイチャーも場所によって、全然違うんですね~。Facebook_073

神人たちの祷りや「東金あやぐ」の奉納の舞、そして太鼓の奉納が終わると・・・Facebook_072

いよいよクイチャーです。

慣れ親しんだ西辺のクイチャーが一番よかったと(思う)。

残念ながら、わたしも踊っていたので写真はありませんけれど、アウズ(扇)をかざして踊る西辺のクイチャーはすてき!!

「漲水うたき」でのご奉納を終えて次は宮古神社。立派な石畳の坂を上って移動すると宮古神社が・・・。Facebook_074

この順番が、島の神々の世界の全てを物語っているようですね~。

宮古の皆さんには正式参拝はあまり経験がないらしく、物見遊山風。Facebook_075 拍手をうつのもたどたどしくさえ感じられます。Facebook_076

でも、遠くに建設中の伊良部大橋も望める宮古神社の庭で、Facebook_078漲水のクイチャーを踊るのも、とっても気持ちの良い体験でした!

明日(14日)は宮古祭り。色んなイベントと大事な大綱引きもハイビスカス通りで(つまり、街中の新しいメインストリート)行われます。

2012年7月12日 (木)

「クイチャー」で元気!

毎週土曜日は、西原公民館でコーラス「ゆりの会」があります。

11月11日に「国立おきなわ」で開催される民俗芸能の会に、県からのオファーがあったことから、このところの「ゆりの会」は、それにむけておお張り切りでおバァたちは参加している。

当日歌う予定の古謡を毎週土曜日に練習しているところだ。

おりしもカナダ留学から一時帰国している◎ちゃんも久しぶりに参加。若い人がいると、会も盛り上がりが違うからおもしろい。Sn3j0596

で、今日はひととおりの通しでリハチックにおさらい。

最後はいわずとしれた・・・

「クイチャー」

西原のくいちゃーは、普通のクイチャーよりダイナミックだ。

若手のわたし達を指導すべく、友利のおバァも立ちあがり・・・、

とても95歳とは思えないステップで、クイチャーを指南してくださった。

何とも穏やかな「にしはらな」日々なのである。

2012年7月11日 (水)

シルバ神父とベンポスタ子ども共和国のこと

昨日も書いたけれど、村田さんが逝き、しかもシルバ神父も・・・となると、わたしの中のひと時代が終わったの感ありというところだ。

その2人が奇しくも逝ってしまったことを知ったことは、何だか急な幕引きとなってしまった感じだからだ。

村田さんといえば、「ベンポスタ子ども共和国」を語らないわけにはいかないだろう。それはスペインのオレンセ郊外にあって、子ども達と大人が協働し、自主自立を唱えて活動をする自治共同体。しかも、子ども達は学校へ考えることを学びに行き、そしてその分は給料が払われる。

ベンポスタ内には銀行もお店も学校もなにもかもあり、コロナという共通通貨を使う。日本からもベンポスタにいって育った子ども達が何人もいる。その中にはベンポスタで出会ったジャグリングで身を立てている現役パフォーマーもいて、今では日本で活躍している。

ベンポスタの主なる収入源は、ベンポスタサーカス(LOS MUCHACHOS)だ。

もちろん、近隣とは交流もあって境界あたりには近所の人たちも入れに来るガソリンスタンドもある。このスタンドだってベンポスタの経営するものだ。

もう随分昔の話になるけれど、わたしもこのベンポスタサーカスの日本公演のときには、関係スタッフとして各地に行った。実行委員長は亡き井上ひさし氏だった。

詳しく書くと膨大な量になるので割愛するけれど、興味のあるかたは、こちらへ!星野弥生さん(わたしの友人でもあります)がベンポスタの日本大使だったので、ブログに少し書いてあります。

さて、このベンポスタの理念は実にすばらしい。

『強い者は下に弱いものは上に、そして子どもはてっぺんに』

ベンポスタサーカスでは毎回の最後に、その理念を表わす『人間ピラミッド』を造ってみせた。

そのベンポスタ子ども共和国を率いていたのが、シルバ神父なのだ。

カトリックの神父であるけれど、教会内にとどまっておらず、こうして具体的に神の国、平和の国の設立にチャレンジしていた。

この思想は南アメリカのベネズエラの人々にも受け入れられ、ベンポスタの共同体が設立されている。

今はベンポスタの子ども達も成人し、共同体としての存続は危ぶまれている。でも、シルバ神父が生涯をかけて目指した理念は、そこに集った世界中の子ども達の心に種を蒔いたに違いない。

信念を貫くのが並大抵のことではない。

かくいうわたしも貫きたい信念はあるけれど、毎日の暮らしの中でゆるやかに、そしてしたたかにそれを貫いていくことは、けっこうしんどいかもしれない。

ふっと、父親の信念を思い出す。

『和して流されず』

今日もそうやって生きていこうと想う・・・。

シルバ神父、村田さん、お疲れ様でした!色々と教えてくれてありがとう。

やすらかにお休みください。

2012年7月10日 (火)

ふたりが逝ってしまった・・・

この前『誰も知らない基地のこと』を観て、AllenNelsonが亡くなっていたことを知りしばし呆然としたけれど・・・

なんと!

村田栄一さん、そしてスペイン・ベンポスタのシルバ神父も逝っていた!!

激烈にショック!

随分昔のことになってしまったけれど、民間教育運動の旗手であり教育実践家でありそして評論家であった村田栄一氏とは、「母親たちの教育運動」をしていた時に知り合った。

村田さんはフレネ教育を実践し、何冊もの著書で教育を語った。

村田さんのことですごく印象的だったのは、もうすっごく昔の話だけれど、RIDEFというフレネの国際的教育集会がポーランドであったとき、わたしも参加したときのことだ。

他の参加者たちは旧ソ連の空港から直にポーランド・クラクフに入ったが、わたしは一人だけスイス~ドイツへと飛び、陸路で後から入った。

初めての鉄道での移動に正直なところ不安がない筈はなかった。

それでも、東欧の景色はすばらしく、そして特急はやっぱり速くて、車中泊で翌日の午後クラクフに着いた。

その時である。

予想していなかった姿が、クラクフの駅のプラットホームで小躍りしているではないか~!

村田さんだった・・・。

心細いながらも旅をしてやっとクラクフについたわたしは、村田さんの姿が視野に入った時、本当にホッとしたことを今でも覚えている。

村田さんに駆け寄り、かるくハグをしてから・・・

「ちょっとだけ、うれしかったかも・・・」と遠慮がちにお礼を言うと、村田さんは優しい目でわたしを見つめながら・・・

「ちょっとだけかい?」と言って笑った。まるで娘でも出迎えた父親のように・・・。

(そんなわけないでしょう~、すっごくですよ~)と内心思っていたけれど、わたしはテレながらフフ・・・と笑っただけだった。

この続きはまた明日書きます・・・。

村田さん、早過ぎるよ~(ρ_;)

大野山林

年に一度の「マンゴー祭り」がこの前の日曜日にありました。20120709135900000001_2宮古に来てから、初めて知った言い方。「去った日曜日」

これ、先週の日曜日っていうことです。(日曜日から始まる暦の言い方をすれば、今週だけれど・・・。)

ところが行った時間が悪かった・・・。マンゴーの試食会はすでに10時に一回目を終え、次の試食は午後1時からという。

それまで待ってなんていられないので、大野山林を散策することに・・・。Sn3j0588

膨大な敷地の中が、まあ程ほどに(?)整備されていて、歩きやすくはあるけれどやっぱりもう少しどうにかしたら~?っていう状態。でも、これくらいの自然保護状態でいいのかな??Sn3j05860001

そこここに綺麗な花がありました~!Sn3j05870001

ので、少しだけおすそ分け・・・。

2012年6月29日 (金)

天空Show ざんね~ん

一年に一度の天空showが観られる(ハズだった)夏至の日に・・・。

Facebook_011 前日の那覇入り後、翌日の朝陽を拝むべく、現地にて車中でスタンバイするも・・・

今年は残念ながら・・・曇りのため・・・

観ることができませんでした(*≧m≦*)。

せっかく3泊4日もの日程をとったのに~。ちょうど同じ時刻あたりにお会いしたのは、少し離れているけれど地元のお母さん。娘さんとご一緒に「50年ぶりに観に来たんだけれど・・・」と残念がっていらっしゃいました。Facebook_017

それに、時が経つとこうなるのか・・・というほど綺麗になっていた。首里城を含めた近隣全体で世界遺産になったものだから・・・、玉城も整備されすぎ~。

グスクロードの沿道には、こんなふうにしっかりと案内版が・・・。

わたし達が始めて玉城にいった12年ほど前には、こんな案内板どころかどこに城跡があるかも分からないくらい草ぼうぼうだったのにィ~。

かつての面影も無く・・・Facebook_008 階段もこんな風に出来ている。前は石の階段(といってもごろごろと石が並んでいるだけで、滑りやすくて怖かった~)だったのですが、観光客というか、「東御廻い(あがりうまーい)」が俄に脚光を浴びたせいか、すっかり綺麗に整備されていました。 Facebook_016

前は、上までの階段は こんな感じの石段だったのですが・・・。これではこの玉城のありがたみが半減もいいところ・・・。

といっても仕方ありませんので、写真だけでも・・・。Facebook_020

玉城の城門が見えますね。

これは下から見た状態ですが、通常は夏至の日にはこんな風に太陽が昇り・・・

P6220030 そして・・・

P6220029こんなふうにゴホウラ型の城門にすっぽりと納まります。

ゴホウラ型の城門が  「母貝」で、その中に「あまてらす」である太陽が生れる。

なんと象徴的な天空ショウでしょう。P6220038

このことを発見し、大和とうちな~の関係を説くのが、市井の研究者である名護博先生。

その著書『赤椀の世直し』では、沖縄の持つ歴史的意味を、そしてこのゴホウラ貝にまつわる新説を説いておられます。

そして・・・もう少し時間がたつと・・・

P6210022_2 こんなに奥のほうまで朝陽の光が差し込みます。

この写真の男性の足もとには、石があります。もしかしたらここがイビだったのかもしれません。今ではこのあたりも草ぼうぼう・・・。 しかも、城門のあたりは、砂利土が入れられて、ひとがたくさん入れるようになっていました。すっごくびっくりです。あんな整備のしかたでいいのでしょうか?かなり疑問!

では、晴れた冬至にはいったいどうなるかといいますと・・・。

Dsc_0282_small_2

冬至には、この逆で西に沈む太陽の光が夏至と逆に差し込み、その光の帯がグスクロードの向こうにあるゴルフ場の芝の上をかすかに光の玉となってゆらゆらと移動していくのを見ることができます。Photo

上の写真は何年か前の冬至の日の夕方に、ここからラジオ(京都三条ラジオカフェ『天鈴花のなんくるないさぁ~』冬至スペシャル)の生中継をしたのですが、そのときのグスクの門を写したものです。たまたま取った写真ですが、なんと!摩訶不思議な光が写り込んでいます。

もちろん、これを写した時にはこの黄色い光は見えていませんでした。

世の中には不思議な現象がありますね~。特に沖縄は!

気を取り直して夫はやにわにラジオ体操を・・・。

Facebook_019 玉城でラジオ体操をする気になるなんて・・・

どうかんがえても、変わっているとしかいいようがありませんが・・・。

夏至の日は早々にホテル入り。久しぶりのお風呂バージョン。だって普段はシャワーですから~。

そして、ビールで久しぶりの旅を乾杯したのでありました~。

Facebook_029 いや~、久しぶりに泊まったホテルは、壷川にあるインターナショナル系のホテル「ホテルメルキュール」でした。リーズナブルプライスのワリにはいいロケーション。眼下にはユイレールが見えました。

まあ沖縄版はビジネスホテルに毛の生えた感じでしたが、新しくていい感じでした。壷川駅から数歩のところにあります。

プチ旅ならお勧めです。

2012年6月 5日 (火)

あやしいオヤジ5人組 レポ

今日は「フラワーエッセンスやさしいママの手Mary」の幸っちゃんと面白いことを考えて盛り上がった後、SOHOを半日で閉め、某所を徘徊す。

詳しくは書けないのだけれど、実は・・・大切な某所の道を切り開いているんです。Iori_164

で、夫と一緒に某所で今日もセッセと切り開いていると・・・、まさかの「わ」ナンバーが入り込んでいる・・・。

車にはどうやら人の影が見えるが、遠目でよく見えない。

その内に男どもがドヤドヤとやってくるではないか~。

黒いポロシャツにサングラス、そしてキャップをかぶって・・・という、いかにもの風体だ。

どうしても単に旅行客とは思えない。この奥まった空間になぜ男5人?の不思議グループ。

わたし達が農作業(ではないけれど)チックな行動をしているのを見て、何かあるのかと問うではないか。

クソまじめな夫は正直な話をしようと・・・。

アホッ、どこの誰だか判らんのに、大切な話をすんなよォ~と内心想いつつ、わたしは黙々とアダンの葉を運んでエスケープ。

この先は行けませんよの夫の話を無視して、ずんずんと奥まで男ども5人は突き進む・・・

はたして数分後案の定戻ってきた。(道はないって言ってっだろォがぁ~。)

立ち去った後を横目で見ると・・・、唯一若い男は手に紙バサミを持っている。そして偉そうにしている男が一人。それを取り巻くその他3人。

偉そうなのがどこかに電話をしている風だ。

そうしてちょっと先の(夫が車を廻せるように広く切り開けた)空き地に佇むこと9~10分。

何かを誰かと協議している様子でもある。

実はわたし結構観察眼があるんですよ。見てないふりしながら、チェックチェック。って、マジ、警戒モード発動・・・。

すでに島のおバーテイストになっているわたし。

それにしても、何でこんなところに・・・どう考えても不思議な集団だったなぁ~。

で、わが妄想では、

これから撮影が始まる・・・

某局の朝ドラの撮影スポット見つけ隊と見た。Iori_002

だって~、黒シャツの男、見るからにディレクターっぽかったモン~。

2012年5月29日 (火)

アロエベラでつくった~! レポ

    知らないということは・・・何とももったいない事だ!

ここ宮古にはたくさんの植物があるけれど、その中でも圧巻なのが、例のアロエベラ。

ところで、このアロエベラからイケてる化粧水ができることをご存知だろうか??

もちろん、手づくりゆえ市販されていないけれど、地域のおバァはこれを10年も前から作っているって。

しかも・・・!

シミが無くなったってイウじゃあないですか~(使った方の感想で、効果を保証するものではありません・・・、とTVのCMみたい)。

で、さっそく作り方を教えていただく為に・・・宮古の「コーラル・ベジタブル」さんの工場へ・・・。教えてくださったのはコーラル・ベジタブル㈱原料・農場管理部長の仲宗根秀明さん。

ピカピカに日焼けした素敵な、にィにィです。Sn3j0489

参加したのはもっちろん、シミに驚愕と恐怖を覚えるプチおばさんたちがメインですが、その中に紛れ込んで(?)ふたりのベッピンさんも・・・。

作り方は超簡単!!Sn3j0484

アロエベラの先っちょとしっぽをチョンチョンと切りおとして、皮をむき(まるで三枚におろすみたいに。かなりぬめりがあるので、要注意。)・・・、

ミキサーに果肉のみを入れて、滑らかになるまでミキシング、そのあと鍋に入れて(かなりヌメヌメしているので、これまた要注意)・・・10分ほど弱火でコトコト煮込むと・・・

Sn3j0488あら~!さっきまでめちゃくちゃネバネバしていた液体が~、なんと!さらっとしているではありませんか~。

スンバらしい変身ぶりに、みんなビックリ~!

ちょっとだけ飲んでみたら、白湯(つまりゆざまし)を飲んでるみたい。因みにこの状態で飲んでもいいということでしたよ~。だって、アロレベラ、食品ですから~。

これにちょびっとクエン酸とかお酢とか、お酒をお好みでどれかを加えます。これで防腐作用をさせ&お好みで好きなエッセンスを加えたり(もちろん、加えなjくても)したら、じゃ~ん!立派な化粧水の完成!

試してみますっ!そして、ここに・・・本日・・・「Missアロエ」誕生すなり~。Sn3j0490

               本邦初公開!This is  AROE bra!

2012年5月28日 (月)

空のしるし

  昨日は夕方から、与那覇前浜で開催された「美ぎ島ミュージックコンベンション」ラストステージに行った。

この島に来て初めて行って見たのだが、若い人たちの熱気に圧倒される。

若者はこうでなきゃぁ~と想いつつも・・・、ふと吾が身を振り返る。

わたしの若い時代(学生時代)は、フォークソングの草分け時代。

PPMやトムパクストン、ドノヴァンやジョーンバエズなど、アメリカから入ってきた歌をコピーするのがせいぜいだった。そしてその後に日本のフォークソング時代がやってくる。

もちろん、そうした中には所謂フォークロアに裏打ちされた歌もあったが、ベトナム戦争という時代背景もあり、プロテストソングなども多かった。

そして、わたしは新宿西口広場でのフォーク集会などにも出かけた世代であり、銀座でフランスデモを繰り広げた世代だ。

その意味で、学生がまともに学生らしい時代だった。

あっ、因みにわたしの好きなのは「フォーク界の鬼才」と言われた高田 渡さんです。彼は本物の「吟遊詩人」でしたし、「ことば」をとっても大切にされていましたよ。最晩年に彼が好んで歌っていたのは「わたしの青空」でしたね~。

そうした風景とは全くことなる島のミュージックコンベンション。Sn3j0476_2

平和であることがこの風景をうみ出しているのだろう。

ありがたいことに、日本は諸々の困難な事情を抱えつつも、少なくとも太平であることは間違いない。Sn3j0469_2

それでも、古謝美佐子さんは戦後の遺骨収集が終わっていない沖縄の現実を、そしてそれにからめて東北の同様な現実を、コメントとしてしっかりと添えていた。さすがです!

彼女の「童神」が流れる前浜の空には・・・

天がその「いのり」を受け取ったかのように、ホンの僅かではあったけれど・・・「虹の架け橋」が・・・。

Sn3j0475_2

南米チリには「平和に生きる権利」を歌ったビクトルハラというアーティストがいた(時の政府によって、以後歌を歌うことが出来ないように、ギターを弾く手を切断され殺された)が、コンベンションで音楽をきくなどといった幸せに在ることを分かち合う、それができるのも、平和であることの、そしてまた、ひとが人であることの「力」なのだとも思う・・・。

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