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フォト

沖縄の暮らし

2012年8月30日 (木)

衝撃的事実・発見レポ!あがィ~!

宮古に来て様々な体験をしているけれど、たのしみな風景もあるんです。

まずは大自然。

これ、人が造りようのないサイズですから~。それを見るのってこれ、醍醐味です。

そのひとつに、わたし的命名の「宮古のバオバブ」。レンガ積みの煙突のてっぺんに、おしゃれにがじゅまる(らしき)木の葉が、モヒカンみたいにわっさわっさと繁っている。Sh010244

いつも脇の道を通る時、ほんとにその雄姿を惚れ惚れと見ていたんです・・・。

キビ畑にひとりぽつねんと、いえいえ、凛と佇む宮古のバオバブ。

題名は忘れたけど、たしかそんな感じの絵本がありましたよね~。

宮古の歴史を垣間見ている(製糖工場の煙突だったそうですよ~)ようにも見えるあの「宮古のバオバブ」のモヒカン(!)が・・・!、なんと・・・!無い?えっ?ある?Sn3j06980001

いったいどうしてしまったんでしょう!?

この台風で引きちぎれた??まさか、あんな高い所まで木を切りに行く筈が無いし・・・。え゛~?どうして、どうして・・・!

昨日はこの衝撃的事実を発見(というか遭遇)して、少しナーバスな今朝なのであります~。

う~む、すべからくコトは無常なのだぁ~。

2012年8月27日 (月)

発見!!驚愕の扇風機!

宮古は今日台風15号の影響で大風と雨。来なくてもいい14号の動きもあやしく、せっかくの毎日が台風モードで台無し~。

そういえば、この数日前にはすっごい夕焼けだった。台風の前にはこういう夕焼けになるようです。Sn3j0686

ところで、宮古にきて最初の年はすごい台風を体験したんですよ~。自然の猛威ってこんなんだぁ~とびっくりしたけれど・・・。あの台風と比べたら今日のは可愛らしい~。台風対策も少しは見当がつき、すでにベランダのグリーンカーテンを降ろし、植木たちも室内にとりこんである。

経験するとそれなりに賢くなるものですね!っていうか、そうしないと大変ことになる。台風の後に、車を洗いに行くことも知った。今までそんなことなかったけれど、海が近いから塩害防止ということだそうだ。

ところでタイトルに書いたけれど宮古にきてビックリしたのは、この世にはこんな値段の電化製品があるんだってこと。

そもそも、暮らし始めて宮古では扇風機いろんな意味で必須アイテムということが分かったのですが、こちらに来て去年は節電と湿気対策で、乾燥機2台と扇風機を1台買いました。

お気に入りの家財道具はS県の自宅にほとんど置いてきてあるので、こっちの生活はほぼシンプルライフ。つまり、あまり家財道具を持ってきてないのです。(それでも亭主は多すぎるという。わたしが京都で単身生活していたときの家財を持ってきてある)

京都では学生だったのでアイロンをかける必要もなかったから、京都にも持っていっていなかったし、それに宮古で気に入ったアイロンが手に入るとも思えなかったので、こちらでは買うのを渋っていたのです。

でも、どうしてもアイロンが必要になって仕方なく見つけていたら、外観(これ大事)がシンプルで機能も単純。しかも、コードレスという三拍子揃っていて、しかも、なによりお値段が!980円!な~んていうアイロンをbig1で見つけたんです。

え~?!これ動くの?と超疑問でしたが・・・、ともかく1回だけでも使えればいいわいと仕方なく買ったのですが・・・意外にもあれから半年経ちましたけれど、動いてます!!(って、そうは壊れないか~)

それにそれに・・・。この間はマックスバリューでは驚愕の扇風機、980円!を発見。Sn3j0694

ありえない~値段ですよね~。でも、ちゃんと動くんでしょうか?知らないメーカだし、ほんと、これいくらで造っているんでしょうね~?

で、記念(?)に写メしてみました。

それにしても、すごいものがあるなぁ~と驚愕しています。

物の価値って、一体なへんにあるんでしょうかぁ~??

2012年8月 5日 (日)

爆発ならぬ・・・

2012年7月13日 (金)

「豊年祭」・・・いろんなスタイルがあるのね~。

季節はめぐり豊年祭の時期になっていることにハタと気づく。Facebook_064

そりゃそうだわさ、なんとなくピンとこないのは、八重山の離島で体験してきている豊年祭とは、まったく趣向の異なるこの島の豊年祭だもの・・・。Facebook_069

さても・・・、西辺のおバァ達といっしょに、今日はクイチャーのご奉納(とは、行ってから気付いた。そういうことだったのねぇ~)。

いつものように今回も西辺のみどり会は一番乗りと相成った。Facebook_068

それぞれ、体育会の時の上下真っ白の衣裳の上に、干支のグループでつくっている、二部式着物の上着をつけている。

わたしは急遽、○嘉のおバァから借りた上着で参加。

クイチャーも場所によって、全然違うんですね~。Facebook_073

神人たちの祷りや「東金あやぐ」の奉納の舞、そして太鼓の奉納が終わると・・・Facebook_072

いよいよクイチャーです。

慣れ親しんだ西辺のクイチャーが一番よかったと(思う)。

残念ながら、わたしも踊っていたので写真はありませんけれど、アウズ(扇)をかざして踊る西辺のクイチャーはすてき!!

「漲水うたき」でのご奉納を終えて次は宮古神社。立派な石畳の坂を上って移動すると宮古神社が・・・。Facebook_074

この順番が、島の神々の世界の全てを物語っているようですね~。

宮古の皆さんには正式参拝はあまり経験がないらしく、物見遊山風。Facebook_075 拍手をうつのもたどたどしくさえ感じられます。Facebook_076

でも、遠くに建設中の伊良部大橋も望める宮古神社の庭で、Facebook_078漲水のクイチャーを踊るのも、とっても気持ちの良い体験でした!

明日(14日)は宮古祭り。色んなイベントと大事な大綱引きもハイビスカス通りで(つまり、街中の新しいメインストリート)行われます。

2012年7月12日 (木)

「クイチャー」で元気!

毎週土曜日は、西原公民館でコーラス「ゆりの会」があります。

11月11日に「国立おきなわ」で開催される民俗芸能の会に、県からのオファーがあったことから、このところの「ゆりの会」は、それにむけておお張り切りでおバァたちは参加している。

当日歌う予定の古謡を毎週土曜日に練習しているところだ。

おりしもカナダ留学から一時帰国している◎ちゃんも久しぶりに参加。若い人がいると、会も盛り上がりが違うからおもしろい。Sn3j0596

で、今日はひととおりの通しでリハチックにおさらい。

最後はいわずとしれた・・・

「クイチャー」

西原のくいちゃーは、普通のクイチャーよりダイナミックだ。

若手のわたし達を指導すべく、友利のおバァも立ちあがり・・・、

とても95歳とは思えないステップで、クイチャーを指南してくださった。

何とも穏やかな「にしはらな」日々なのである。

2012年7月10日 (火)

大野山林

年に一度の「マンゴー祭り」がこの前の日曜日にありました。20120709135900000001_2宮古に来てから、初めて知った言い方。「去った日曜日」

これ、先週の日曜日っていうことです。(日曜日から始まる暦の言い方をすれば、今週だけれど・・・。)

ところが行った時間が悪かった・・・。マンゴーの試食会はすでに10時に一回目を終え、次の試食は午後1時からという。

それまで待ってなんていられないので、大野山林を散策することに・・・。Sn3j0588

膨大な敷地の中が、まあ程ほどに(?)整備されていて、歩きやすくはあるけれどやっぱりもう少しどうにかしたら~?っていう状態。でも、これくらいの自然保護状態でいいのかな??Sn3j05860001

そこここに綺麗な花がありました~!Sn3j05870001

ので、少しだけおすそ分け・・・。

2012年7月 2日 (月)

「ちゃうき」・・・って?

西原「ゆりの会」は平均年齢85歳にも及ぶコーラスグループ。

毎週土曜日に練習があるんですが・・・。

このところ、11月のイベントに向けて頑張って練習をしてます。

毎回、会計担当さんがお茶菓子を用意してくれるのですけれど、今回は「亥年」生れの姉さんたちが沖縄(宮古のひとは、本島に行くときこういう)に旅行に行ったときのお土産で、「ちゃうき」が用意されていました。

Sn3j0567 「ちゃうき」?

不思議なネーミングのこのお菓子。

いってみれば、ふわふわのドラヤキみたいな感じ。

洋風の、なんていったらいいかなぁ~、ケーキチックなヤツ。

して・・・、その意味は・・・

「ちゃうき」・・・すなはち・・・

「お茶うけ」つまり「お茶菓子」でした~。

「ちゃ」は「茶」

「うき」は「うけ」

実にピンポイントなネーミングであります~。

2012年6月29日 (金)

天空Show ざんね~ん

一年に一度の天空showが観られる(ハズだった)夏至の日に・・・。

Facebook_011 前日の那覇入り後、翌日の朝陽を拝むべく、現地にて車中でスタンバイするも・・・

今年は残念ながら・・・曇りのため・・・

観ることができませんでした(*≧m≦*)。

せっかく3泊4日もの日程をとったのに~。ちょうど同じ時刻あたりにお会いしたのは、少し離れているけれど地元のお母さん。娘さんとご一緒に「50年ぶりに観に来たんだけれど・・・」と残念がっていらっしゃいました。Facebook_017

それに、時が経つとこうなるのか・・・というほど綺麗になっていた。首里城を含めた近隣全体で世界遺産になったものだから・・・、玉城も整備されすぎ~。

グスクロードの沿道には、こんなふうにしっかりと案内版が・・・。

わたし達が始めて玉城にいった12年ほど前には、こんな案内板どころかどこに城跡があるかも分からないくらい草ぼうぼうだったのにィ~。

かつての面影も無く・・・Facebook_008 階段もこんな風に出来ている。前は石の階段(といってもごろごろと石が並んでいるだけで、滑りやすくて怖かった~)だったのですが、観光客というか、「東御廻い(あがりうまーい)」が俄に脚光を浴びたせいか、すっかり綺麗に整備されていました。 Facebook_016

前は、上までの階段は こんな感じの石段だったのですが・・・。これではこの玉城のありがたみが半減もいいところ・・・。

といっても仕方ありませんので、写真だけでも・・・。Facebook_020

玉城の城門が見えますね。

これは下から見た状態ですが、通常は夏至の日にはこんな風に太陽が昇り・・・

P6220030 そして・・・

P6220029こんなふうにゴホウラ型の城門にすっぽりと納まります。

ゴホウラ型の城門が  「母貝」で、その中に「あまてらす」である太陽が生れる。

なんと象徴的な天空ショウでしょう。P6220038

このことを発見し、大和とうちな~の関係を説くのが、市井の研究者である名護博先生。

その著書『赤椀の世直し』では、沖縄の持つ歴史的意味を、そしてこのゴホウラ貝にまつわる新説を説いておられます。

そして・・・もう少し時間がたつと・・・

P6210022_2 こんなに奥のほうまで朝陽の光が差し込みます。

この写真の男性の足もとには、石があります。もしかしたらここがイビだったのかもしれません。今ではこのあたりも草ぼうぼう・・・。 しかも、城門のあたりは、砂利土が入れられて、ひとがたくさん入れるようになっていました。すっごくびっくりです。あんな整備のしかたでいいのでしょうか?かなり疑問!

では、晴れた冬至にはいったいどうなるかといいますと・・・。

Dsc_0282_small_2

冬至には、この逆で西に沈む太陽の光が夏至と逆に差し込み、その光の帯がグスクロードの向こうにあるゴルフ場の芝の上をかすかに光の玉となってゆらゆらと移動していくのを見ることができます。Photo

上の写真は何年か前の冬至の日の夕方に、ここからラジオ(京都三条ラジオカフェ『天鈴花のなんくるないさぁ~』冬至スペシャル)の生中継をしたのですが、そのときのグスクの門を写したものです。たまたま取った写真ですが、なんと!摩訶不思議な光が写り込んでいます。

もちろん、これを写した時にはこの黄色い光は見えていませんでした。

世の中には不思議な現象がありますね~。特に沖縄は!

気を取り直して夫はやにわにラジオ体操を・・・。

Facebook_019 玉城でラジオ体操をする気になるなんて・・・

どうかんがえても、変わっているとしかいいようがありませんが・・・。

夏至の日は早々にホテル入り。久しぶりのお風呂バージョン。だって普段はシャワーですから~。

そして、ビールで久しぶりの旅を乾杯したのでありました~。

Facebook_029 いや~、久しぶりに泊まったホテルは、壷川にあるインターナショナル系のホテル「ホテルメルキュール」でした。リーズナブルプライスのワリにはいいロケーション。眼下にはユイレールが見えました。

まあ沖縄版はビジネスホテルに毛の生えた感じでしたが、新しくていい感じでした。壷川駅から数歩のところにあります。

プチ旅ならお勧めです。

2012年6月 8日 (金)

Allenは逝っていた・・・

さっきシネマパニックで『誰も知らない基地のこと』を観た。

誰も知らない基地のこと

アメリカが世界中でどんなことをしているか、わたし達が余りにも無知であったことを知ったことも驚きだったが、もっとびっくりしたことがある。

AllenNelsonが逝っていたことだ。

映像はアメリカ合衆国の建国以来の動きと、各時代のそして冷戦後の大統領のコメントと、警告がつづき、そして沖縄やインド洋、そしてイタリアなどの基地についての経過とアメリカの「やり方」が綿々と続く。

そして・・・

少し年をとった感じになっていたAllenの姿が大写しになった。

「あっ、Allenだ!」思わず声を出してしまった。

わたしが知っている彼はこうだ・・・。

Allenはベトナム帰還兵であった。沖縄では金武のキャンプハンセンに勤務し、ベトナム戦争に派遣された。

そのベトナムであったこと、それはAllenにとって衝撃的な体験であった。

ベトナム人は鬼だと軍隊で教育された。だから殺してもいいのだとも。

ベトナムに派遣された彼が、洞窟に逃げ込んだベトナム人達を見つけ銃を向けた際、おりしも一人のベトナム女性が陣痛を訴え始めた・・・。

軍事教育された彼自身は、そのことにどう対応するか逡巡する。

が、そのような逡巡を振り払うかのように赤子はこの世に産み落とされた。そして彼は産み落とされた赤ん坊を、とっさに自分の手で受け止めることとなる。

その赤ん坊は鬼どころか、身体は自分と同じように暖かく、血液は温かかった。

そうした衝撃体験を元に、反戦平和を訴えたのが、以下のブックレットだ。

沖縄に基地はいらない―元海兵隊員が本当の戦争を語る (岩波ブックレット (No.444))

彼は除隊後、精神に異常をきたしそして18年をかけて快復した。

その彼が後にアメリカの学校で戦争の無益さについて、体験を語る講演を依頼される。そしてその時のある少女の質問をきっかけにして彼は平和活動へとシフトしていくわけなのだ。

「ネルソンさん、あなたは人を殺したのですか?」

彼が講演を引き受ける前に、内心恐れていたことが起こってしまった。

彼はしばらくの沈黙の後・・・「yes」と静かに答えた。

だが、彼の恐れは必要がなかったことがすぐに分かる。

その場にいた子ども達は誰からとも言わず、Allenに近寄り、静かに抱きしめたという。

その彼がそれ以降、ベトナム帰還兵として戦争の悲惨さを訴える講演を各地で始めることになるのだ。

*************

・・・エンドロールの直前右側の字幕に、『故アレンネルソンに捧げる』という文字とアレンネルソン(1947~2009)の笑顔の写真を見たわたしは一瞬息が止まる。

えっ?アレン逝ってしまっていたの?どうして?

実は20年ほど前になるだろうか・・・。

RIDEFという世界規模の教育運動に参加していたわたしは、日本で開催された大会で、琉球大学の教員と共に分科会でワークショップを開催したことがある。

テーマは「沖縄」

そこでわたし達は沖縄の歴史と文化を伝えると共に基地の問題を取り上げた。

単に基地反対を叫ぶのではなく、平和を考えようと。そして、既に活動を始めていたベトナム帰還兵であるAllenNelsonに声をかけたのだ。

彼は成田から品川まで、そして池袋まで自力で辿りついていた。(来日が開催日当日だったのでなんとか自力で来て欲しいと伝えていた)

池袋まで出迎えたわたしは、彼を会場まで案内する間、貧弱な英語で色々なことをお喋りした。

ワークショップの休憩では、自販機でコーラを買い「Allen!」と声をかけて暑い日差しの芝生に座り、いままでのセッションを振り共に過ごした。

気さくでウイットに富み、そしてギターが上手だった。彼の頭には日本手ぬぐいで出来ているバンダナが巻かれていた。

そのチャーミングな彼は、ベトナム戦争に使用された枯葉剤の後遺症と思われる多発性骨髄腫を発病し、3月25日永眠していたのだ。享年61歳。

世界の警察といわれるアメリカは全世界で、日本にしたのと同じような「やり方」で(政府間にあった密約なども含め)したたかに今も軍事基地を拡大しつつある。もはやアメリカの軍事予算は過去最高の額に跳ね上がっている。

彼らの論理を正義(これには裏があるのだが)として、世界平和を維持する為に基地はどうしても必要だと説く。基地は暫定的におくものであり、恒久化することはありえないとも。

ただ、歴代の大統領は口々にそうしたことの欺瞞を諌めることばを残している。

それにも増して、沖縄の反戦地主のおじィが語る「ことば」にはものすごく説得力があった。

「料理をするから包丁を貸してといえば貸すが、人を殺すから貸せといわれれば貸すわけにはいかない」

戦後60数年を強制的に奪われた土地をフェンスの外から見続けるそのおじィは、今後自分の土地が返還されたら土地を耕し、5畝ほどに大根を育てたいと語る。育てた大根を近所に配るのを夢にしているという。

このささやかな望みが叶うことはもしかしたら無いのではないか・・・と思われる程、この映画で語られたことは「戦争の論理」の理不尽さを語るものであった。

だってアメリカは、最初から沖縄を世界平和どころか、世界に配置するアメリカの為のキーストーンとして、そこを恒久基地化することを目的にしていた(勿論、世界中にある基地も同様に)占領だったのだから。

それにしても・・・

オバマはいつかくるであろう政治の舞台から去るときに、少なくともひとりの人間として、いったいどのような「ことば」を残すことができるのだろうか・・・。

AllenNelsonのご冥福を心からお祈りします。

2012年6月 5日 (火)

あやしいオヤジ5人組 レポ

今日は「フラワーエッセンスやさしいママの手Mary」の幸っちゃんと面白いことを考えて盛り上がった後、SOHOを半日で閉め、某所を徘徊す。

詳しくは書けないのだけれど、実は・・・大切な某所の道を切り開いているんです。Iori_164

で、夫と一緒に某所で今日もセッセと切り開いていると・・・、まさかの「わ」ナンバーが入り込んでいる・・・。

車にはどうやら人の影が見えるが、遠目でよく見えない。

その内に男どもがドヤドヤとやってくるではないか~。

黒いポロシャツにサングラス、そしてキャップをかぶって・・・という、いかにもの風体だ。

どうしても単に旅行客とは思えない。この奥まった空間になぜ男5人?の不思議グループ。

わたし達が農作業(ではないけれど)チックな行動をしているのを見て、何かあるのかと問うではないか。

クソまじめな夫は正直な話をしようと・・・。

アホッ、どこの誰だか判らんのに、大切な話をすんなよォ~と内心想いつつ、わたしは黙々とアダンの葉を運んでエスケープ。

この先は行けませんよの夫の話を無視して、ずんずんと奥まで男ども5人は突き進む・・・

はたして数分後案の定戻ってきた。(道はないって言ってっだろォがぁ~。)

立ち去った後を横目で見ると・・・、唯一若い男は手に紙バサミを持っている。そして偉そうにしている男が一人。それを取り巻くその他3人。

偉そうなのがどこかに電話をしている風だ。

そうしてちょっと先の(夫が車を廻せるように広く切り開けた)空き地に佇むこと9~10分。

何かを誰かと協議している様子でもある。

実はわたし結構観察眼があるんですよ。見てないふりしながら、チェックチェック。って、マジ、警戒モード発動・・・。

すでに島のおバーテイストになっているわたし。

それにしても、何でこんなところに・・・どう考えても不思議な集団だったなぁ~。

で、わが妄想では、

これから撮影が始まる・・・

某局の朝ドラの撮影スポット見つけ隊と見た。Iori_002

だって~、黒シャツの男、見るからにディレクターっぽかったモン~。

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